ネット上の誹謗中傷が社会問題化する中、2022年に刑法の「侮辱罪」が約120年ぶりに改正され、法定刑が大幅に引き上げられました。
しかし、厳罰化から3年が経った現在までに最も重い「拘禁刑」(旧:懲役刑)は一度も適用されていません。
はたして、この改正は、ネット上の「言葉の暴力」に歯止めをかける力になったのか。法務省はこの夏、本格的に制度の検証に乗り出します。
●改正の背景に「木村花さん」の事件
侮辱罪の厳罰化に大きな影響を与えたのが、女子プロレスラー・木村花さんの死でした。2020年、SNS上で誹謗中傷を受けた花さんが自ら命を絶ったことは、社会に大きな衝撃を与えました。
当時の侮辱罪(刑法231条)は、法定刑が「拘留(30日未満の身柄拘束)」または「科料(1万円未満の金銭の支払い)」に限られており、花さんを中傷した投稿者に対しても、科料9000円などの略式命令が出されただけでした。
現代のインターネット社会では、名誉や尊厳を傷つける言葉が瞬く間に拡散され、深刻な精神的苦痛をもたらすケースも少なくはなく、改正を求める声が強まりました。
こうした世論を受けて、2022年6月、侮辱罪の改正が成立。翌7月から、法定刑は「1年以下の拘禁刑もしくは30万円以下の罰金」へと引き上げられました。
●罰金刑は増加も「拘禁刑」はゼロ
施行から3年。罰金刑の適用は、全国で約90件にのぼりますが、懲役刑(現:拘禁刑)が言い渡された事例はゼロでした。
たしかに、改正前の「1万円未満」に比べれば、罰金「30万円以下」は重くなったといえます。しかし、それでも刑事罰としては比較的軽く、抑止効果としてどこまで機能しているかは疑問です。
いうまでもなく、「表現の自由」は民主社会にとって極めて重要な価値です。その一方で、インターネットの普及によって、侮辱による人権侵害は量的にも質的にも拡大しています。
デジタル時代にふさわしい刑法のあり方とは何か──。法務省の検証は、表現の自由と被害者保護のバランスという、重く難しい問いに向き合うものとなりそうです。